
当スクールに通っていただいている、ご家族の実話シリーズです。
「迷えるこひつじ」を卒業して
これまで、私は「迷えるこひつじ」として、不登校や引きこもりの当事者の親としての迷走ぶりを綴ってきました。
自分を責めたり、無理に鼓舞したり、そんな等身大の姿をさらけ出すことで、
同じ苦しみを抱える誰かと繋がっていたいと願っていたからです。
けれど、昨年の終わりに、ふとその看板を下ろしてみようと思いました。
迷っていることが悪いわけではないけれど、迷いながらも確かに積み重ねてきた月日があり、
今の私だからこそ見える景色がある。
そう感じたからです。
そんな「卒業」のあとに訪れたのが、今年の成人の日でした。

「気にしていない」という嘘
我が家にも、もうすぐ二十歳になる息子がいます。
自治体からの式典案内の封書は、昨年にはすでに届いていました。
その封書が届いたとき、私はどこか淡々としていました。
「うちはうち、よそはよそ。無理に行く必要なんてない」。

そう自分に言い聞かせ、心は波立っていないつもりでした。
けれど、成人の日の前日。夕方のニュースを何気なく眺めていたとき、予期せぬ衝撃が私を襲いました。
画面の向こうでは、一足早く式典を終えた新成人たちが、華やかな袴やスーツ姿で笑い合っていました。
「将来の夢は」「これからの抱負は」。マイクを向けられ、まっすぐな瞳で答える若者たちの姿。
その輝きが、不意に私の心の奥底に刺さったのです。
停止した思考と、静かな「空白」

その瞬間、心がつかまれるように「きゅっ」となりました。
「見たくない、聞きたくない」。
反射的にそう思い、私の内側で何かが音を立てて閉じていくような感覚がありました。
そこから先の記憶は、少し曖昧です。
何か具体的なことを考えたり、将来を不安に思ったりする余裕すらありませんでした。
ただ、思考が完全に停止してしまったのです。
もちろん、日常生活は続きます。洗濯物を畳み、夕食の準備をし、いつものように家事をこなします。
でも、どこか自分の一部がそこにいないような、奇妙な「空白」を感じていました。
オートマチックに体だけが動き、心はどこか遠い場所で、シャッターを下ろしたまま立ち尽くしている。
そんな時間でした。
それは、あまりに眩しすぎる外の世界から自分を守るための、心の「一時停止ボタン」だったのかもしれません。

割り切れない、心模様
一晩が経ち、成人の日の当日の朝を迎えました。
昨日停止してしまった思考がゆっくりと動き出したとき、ようやく一つの事実に思い至りました。
「ああ、私は、悲しかったんだな」
そう口に出してみたからといって、霧が晴れるようにすっきりしたわけではありません。
「悲しい」と認めた後に、「でも、元気でいてくれるだけでいいじゃない」と自分を鼓舞する声が聞こえる。
けれど次の瞬間には、また別の場所から「それでもやっぱり、やりきれないよ」という涙がこみ上げてくる。
前を向こうとしたり、またうつむいたり。
「悲しみ」と「受容」の間を、何度も何度も、激しく行ったり来たりしていました。
けれど、それでいいのだと思います。一気に「前向き」になれなくていい。
この「行ったり来たり」こそが、今、私がこの現実と懸命に向き合っている証拠なのだと感じたからです。
大きなデトックス、というのは、どこか清々しいイメージがあるかもしれません。
でも今の私にとってのデトックスは、そんな綺麗なものではなく、泥臭く、
泣き言を吐き出しながら、心の淀みを一つひとつ確認していくような、そんな重たい作業でした。
それでも、揺れ続けていたことで、少しずつ「浮上」するための準備が整ってきたような気がします。
今日という日の風景

今日、私の目の前にいる息子は、ずっとパジャマ姿のままです。
昨年届いた封書を開封し、中身を確認したあとは、当然のようにまた静かな自分の日常に戻っていきました。
ほったかされたままの封書が、まだ処分されずに残っていますが、それを見つめる私の心は昨日の夜とは違っています。
かつての私なら、その姿を見て「どうして」と焦り、無理に励まそうとしていたかもしれません。
でも、今の私は、パジャマ姿で穏やかに過ごしている彼の背中を、そのまま見つめています。
式典には行かなくても、スーツを着なくても、彼は彼なりに「二十歳」という時間を生きています。
生きて、そこにいてくれます。
同じ空の下で、揺れているあなたへ
もし今日、私と同じように、ニュースの映像や誰かのSNSを見て、心が「きゅっ」となっている保護者の方がいたら、伝えたいことがあります。
悲しくてもいいんです。空白を感じてもいいんです。そして、なかなかスッキリしなくてもいい。
心が揺れ動くのは、あなたがそれだけお子さんのことを大切に想い、慈しんできた証拠です。
その揺れは、あなたが冷たい人間だからでも、弱い親だからでもありません。
ひとしきり揺れたあとには、必ずまた穏やかな海面に戻る時が来ます。
「迷えるこひつじ」を卒業したからといって、迷わなくなるわけではありません。
これからも揺れ続け、行ったり来たりしながら、この愛おしくも切ない日常を、ただ紡いでいく。
それで十分なのだと感じています。
デトックスを終えた私の心は、今、少しだけ軽くなっています。
明日は今日よりも、もっと優しい気持ちで息子に接することができる。
そんな予感がしています。
二十歳。おめでとう。
そして、今日まで歩んできた私たち親自身にも、心からの「お疲れ様」を。

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